生まれながらの許嫁
Infanta Margarita Teresa (
1651-1673
)
王妃は愛され、やがて憎まれた
Marie Antoinette (
1755-1793
)
史上最高の変人
Emperor Rudolf II (
1552-1612
)
十六人の母にして唯一無二の〝女帝〟
マリア・テレジア
Empress Maria Theresa
日本・オーストリア友好150周年記念

ハプスブルク展|600年にわたる帝国コレクションの歴史

〈休館日〉
月曜日(祝日の場合その翌日)、年末年始(12/28~1/1)
東京・上野公園
チケット新着情報
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TOPICS

  • (左)写真提供:東宝演劇部

音声ガイドナレーター 花總まりから
音声コメントが届きました。

宝塚歌劇団時代からマリー・アントワネットやエリザベートを演じ、現在もミュージカル「エリザベート」に出演中、先日6月10日にはオーストリアの歴史・文化を広めた功績を讃えられ『オーストリア共和国有功栄誉金賞』を受賞した花總まりが、音声ガイドナレーターに就任!
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ハプスブルク家の人々

作品紹介

開催概要

展覧会名
日本・オーストリア友好150周年記念
ハプスブルク展
600年にわたる帝国コレクションの歴史
会期
2019年10月19日(土) - 2020年1月26日(日)
会場
国立西洋美術館(東京・上野公園)
開館時間
9:30〜17:30(金・土曜日は20:00まで。11月30日[土]は17:30まで)入館は閉館の30分前まで
休館日
毎週月曜日(ただし祝日の11月4日、1月13日は開館)、11月5日(火)、12月28日(土)〜1月1日(水)、1月14日(火)
主催
国立西洋美術館、ウィーン美術史美術館、TBS、朝日新聞社
特別協賛
協賛
三井物産、みずほ銀行、大日本印刷
特別協力
ぴあ、TBSラジオ
協力
ANA、ルフトハンザカーゴ AG、西洋美術振興財団
交通案内
〒110-0007 東京都台東区上野公園7-7

JR上野駅下車(公園口)徒歩1分
京成電鉄京成上野駅下車 徒歩7分
東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅下車 徒歩8分
*駐車場はございませんので、お車でのご来館はご遠慮ください。
 
  • 生まれながらの許嫁

    王女マルガリータ・テレサ
    Infanta Margarita Teresa (1651-1673)
    フェリペ4世と、その2番目の妻で神聖ローマ皇帝フェルディナント3世の娘マリアナの間の第1子。16世紀半ば、ハプスブルク家はオーストリア系とスペイン系に系統分裂し、両家間では互いの近況等を知らせる手段として肖像画が利用された。ベラスケスが晩年に描いた傑作《青いドレスの王女マルガリータ・テレサ》は、のちに神聖ローマ皇帝となるレオポルト1世に、まだ幼い許嫁の姿を伝えるべく制作されたものの一つ。マルガリータ・テレサはウィーンへの嫁入り後6人の子をもうけたのち、わずか21歳の若さでこの世を去った。
  • 王妃は愛され、やがて憎まれた。

    フランス王妃マリー・アントワネット
    Marie Antoinette (1755-1793)
    神聖ローマ皇帝フランツ1世とオーストリア皇妃マリア・テレジアの11女として生まれる。フランスとの同盟関係を深めるため、母マリア・テレジアがフランス王ルイ15世の孫ルイ・オーギュスト(後のルイ16世)との政略結婚を推し進めた。ドイツ名はマリア・アントーニアだが、14歳の時にヴェルサイユ宮殿で結婚式を挙げて以来、フランス名のマリー・アントワネットと呼ばれることとなった。当初は熱烈な歓迎を受けたが、次第に宮廷内での軋轢が生まれる。1789年のフランス革命勃発後、パリから脱出を図るが拘束され、革命裁判で死刑判決をうけ、ギロチンの露と消えたことはあまりに有名。
  • 史上最高の変人

    神聖ローマ皇帝ルドルフ2世
    Emperor Rudolf II (1552-1612)
    ヨーロッパ史上における稀代のコレクターとして名高い。デューラーやブリューゲルを好み、アルチンボルトを寵愛し、これらの作品は現在のウィーン美術史美術館のコレクションをなしている。政治に無関心で、魔術や錬金術、天文学に熱中。首都をウィーンからプラハに移し、自然物、珍しい異国の品々、工芸や芸術作品を収集し「クンストカマー」と呼ばれる場所に保管した。失政を重ね、最期は城に監禁されたまま亡くなった。本展では、デューラーの《ヨハネス・クレーベルガーの肖像》や、スプランゲルやハインツらによるエレガントで官能的な神話画など、皇帝のお気に入りの画家たちの作品や、精巧な細工が施された工芸品、アジア由来の珍しい品々を紹介する。
  • 十六人の母にして
    唯一無二の
    “女帝”

    皇妃マリア・テレジア
    Empress Maria Theresa (1717-1780)
    神聖ローマ皇帝カール6世の娘で、18歳でロートリンゲン公のフランツ・シュテファンと結婚。当時としては珍しい恋愛結婚だった。父カール6世の死後、領地を相続。その後度重なるハプスブルク家の難局を乗り切り、優れた政治的手腕で広大な領土を統治したことから「国母」と慕われた。夫との愛を貫き、夫の死後は喪服以外を身に着けることはなかったとも言われる。16人もの子に恵まれ愛情を注いだ一方で、マリー・アントワネットら自分の娘たちを政略結婚させてでも国を守った、「女帝」としての非情さも持ち合せた。